PROJECT REBORNVol.008 — SchoolA journal of rediscovery.
教えるつもりは、なかった
自分は、作る側の人間でいたいと思ってきた。
人に教えるより、自分の手を動かしているほうが性に合っている。誰かの前に立って話すより、画面に向かって黙って直しているほうが落ち着く。ずっとそういう人間だった。
だから、スクールをやります、と言ったとき、いちばん驚いていたのは自分かもしれない。
今年の9月から、神戸のクリエイター向けに、AIを学ぶ小さな学校を始める。名前は AI SCHOOL REBORN。この連載と同じ名前をつけた。思いつきでそうしたわけではなく、これは Project Reborn の続きそのものだと思っているからだ。
なぜ、作る人でいたかったはずの自分が、教室を開こうとしているのか。今回はその話を書きたい。
手が止まっている人が、いた
きっかけは、神戸で人に会うようになったことだった。
Vol.005 で「神戸で誰と何をつくりたいのか」ということを書いた。あれは正直、まだ構想の段階だった。書いたからには動かないといけないと思って、それからいろいろな人に会いに行くようになった。デザイナー、カメラマン、映像をやっている人、書く人。
そこで何度も同じ話を聞いた。
「AIで、自分の仕事はなくなるんでしょうか」
言い方はそれぞれ違う。冗談めかして言う人もいれば、真顔で聞いてくる人もいる。でも根っこは同じだった。目の前に大きな変化が来ているのはわかっているのに、どこから触ればいいのかわからない。 だから手が止まっている。
これは能力の問題ではないと思った。みんな、それぞれの領域では十分にうまい人たちだ。ただ、入り口がわからないだけだった。
そして自分は、その入り口の部分だけなら、少し先に歩いていた。
自分にも、教室はなかった
思い返すと、自分も誰かに教わったわけではない。
10代から20代のはじめ、Flash——当時、Webサイトに動きや音をつけるために使われていたソフトだ——を触っていた頃、教えてくれる人なんていなかった。人のつくったものを見て、真似して、分解して、また作った。雑誌を買って、掲示板を読んで、朝まで試して失敗していた。
独学だった。でも、孤独ではなかった。
教室はなかったけれど、場はあった。 同じものを面白がっている人たちが、どこかにいるのがわかった。作ったものを見せると、誰かが反応してくれた。その手応えだけで、次を作る理由になった。
今、あのときの自分と同じくらい新しいものが目の前に来ているのに、あの「場」のほうが見当たらない。AIの情報は、むしろ多すぎるくらいある。でも、隣で一緒に試してくれる人がいない。
自分がつくりたいのは、たぶん、教室というより、あのときの「場」のほうだ。
操作を教えても、たぶん意味がない
ひとつ、はっきり決めていることがある。
ツールの使い方を教える学校にはしない、ということだ。
理由は単純で、半年後には全部変わっているからだ。今いちばん便利なサービスも、来年には別のものに置き換わっている可能性が高い。その操作方法を丁寧に覚えてもらっても、渡せるものとしては弱い。
渡したいのはもっと手前の部分で、自分の仕事のどこにAIを差し込むかを、自分で設計できる状態だと思っている。
これは職種によって、まったく違う。デザイナーとライターと映像をやっている人では、AIの入り口も、うれしい場所も、危ない場所も全部違う。だから、同じカリキュラムを全員に配ることに意味がない。
一人ひとりのスキルと職種に合わせて、中身を組み替える。手間はかかるけれど、そこを省いたら、この学校をやる理由がなくなってしまう。
教えるのではなく、一緒に作り替える
もうひとつ決めているのは、上下をつくらないことだ。
自分が教える人で、来る人が教わる人、という形にはしたくない。AIについて、自分が全部の答えを持っているわけでは全然ない。毎日試して、毎日うまくいかない。
だから、一緒に実験する場所にしたい。うまくいった方法を持ち寄って、失敗した話も持ち寄る。自分も実験台のひとりとして、そこに混ざる。
たぶんそのほうが、みんな早い。ひとりで半年かけて気づくことが、誰かの一言で1日で片づくことがある。自分がFlashを触っていた頃に助けられたのは、まさにそれだった。
なぜ、神戸の人だけなのか
この学校は、神戸のクリエイター限定で始める。
オンラインにして全国から集めることもできる。そのほうが人数は集まるし、売上の計算もしやすい。それでもそうしないのは、顔の見える距離でやりたいからだ。
画面越しに全国の誰かと会うことはできる。でも、終わったあとに少し立ち話をして、そのまま近くで飲みに行って、後日「あれ試してみたらできましたよ」と連絡が来る——あの距離感は、同じ街にいないと生まれない。
Vol.002 で書いた神戸の小さな部屋も、Vol.005 で書いたコミュニティも、たぶん全部これと同じ話をしている。遠くで広く売ることより、近くで深くやることを選ぶ。この連載を通して、自分はずっとそれを確かめている気がする。
原点へ戻るための、次の一歩
「教えるつもりはなかった」と書いた。
正確に言うと、今も自分は、教える側に回るつもりはない。やろうとしているのは、自分が20年前にもらったものを、同じ街の誰かに返すことだ。あのとき誰かがくれた「一緒に面白がってくれる場所」を、今度は自分が用意する側になる。それだけのことだと思っている。
過去に戻るのではなく、過去を連れて前に進むこと。この連載でずっと書いてきたことを、いちばん素直な形にすると、たぶんこの学校になる。
9月に始める。まだ決まっていないことも多いし、始まってから作り替えることのほうが多いだろう。それでいいと思っている。
最後に、ひとつだけ聞いてみたい。
あなたが最初に何かを覚えた場所は、どこでしたか。
学校だったかもしれないし、部室やアルバイト先だったかもしれない。誰かの隣で、見よう見まねで覚えたのかもしれない。その場所が今どうなっているかを思い出すと、自分が次に何をつくるべきかが、少しだけ見えてくる気がする。
PROJECT REBORN
原点を見つめ、未来をつくる。
Vol.009 — Identity へ続く